「同じ診断書だったら、どこの年金事務所に申請しても結果は同じでしょ?」と思われるかもしれませんが、実際には、受給される地域とされない地域の「地域差」があるのです。
平成27年2月より『精神・知的障害に係る障害年金の認定の地域差に関する専門家検討会』が開催されてきました。
専門家検討会では、これまで曖昧と言われてきた精神障害および知的障害に関する障害認定基準について全国統一の等級判定のガイドラインが検討されています。
このガイドラインは平成28年夏頃に採用され、今後の審査に影響を及ぼすことになりそうです。
今回は、この「精神障害・知的障害において全国統一のガイドライン」とは、どういうものなのか、その経緯や、ガイドライン適用後はどうなるのかなどを判りやすくご説明したいと思います。
障害年金が不支給になりやすい地域がある!?
「同じように障害年金を申請した場合でも、支給される地域差があるのではないか?」と言う声がありました。
そこで厚生労働省は、平成22年~平成24年までの3年間で新規に申請された障害基礎年金の内、不支給となった割合を都道府県ごとに比較しました。
調査の結果、不支給となった割合が最も高いのが大分県(24.4%)で、最も低いのが栃木県(4.0%)と20.4%もの差があることが判ったのです。
つまり、大分県では障害基礎年金が受給しにくく、栃木県は受給がしやすいという事になります。
それでは不支給となる可能性が高い県を幾つか紹介させて頂きます。
ワースト1位:大分県 24.4%
ワースト2位:茨城県 23.2%
ワースト3位:佐賀県 22.9%
ワースト4位:兵庫県 22.4%
また、傷病部位ごとの不支給割合では身体障害などは全国的に同様の結果となりやすく、精神障害・知的障害について特に地域差がみられるという事が分かりました。
※参考資料 障害基礎年金の不支給割合
なぜ、地域によって差がでてしまうのか?
障害基礎年金の精神障害・知的障害は不支給になる割合が「地域によって差がある」ということをご説明しましたが、本来であれば同じような診断書や申立内容であれば、提出する都道府県に関わらず結果は同様でなくてはなりません。
ではなぜこのような地域差は生まれてしまうのでしょうか?
主な理由としては次の2つが理由として考えられます。
【原因1】認定基準が不明瞭
身体障害等の基準は「数値ではっきり」決められているので障害等級の判断が分かりやすいのに対して、精神障害・知的障害は「基準が非常に曖昧」というのが以前から指摘されていました。
【原因2】審査の場所が違う
障害年金の審査というと1箇所でまとめて審査されているというイメージがありますが、実態としては障害厚生年金と障害基礎年金とでは取り扱いが以下の通り異なります。
【障害厚生年金】
全国の請求を一か所に集約し日本年金機構本部の事務センターで審査
【障害基礎年金】
それぞれの都道府県に設置された日本年金機構の事務センターで審査
特に、うつ病や双極性障害といった精神障害や知的障害における認定基準が曖昧であるため障害基礎年金では各都道府県におかれた日本年金機構の事務センターごとで独自のガイドラインを用いて審査を行ってきました。
例えば、兵庫県では同居の家族の就労状況などを記入する独自の調査用紙の提出を求められます。
このように各センターでの独自のガイドラインに沿って認定される為、同じような診断書や申立内容であっても、ある地域では支給、ある地域では不支給という不条理な決定がなされてしまうのです。
曖昧な基準を改正、専門家で地域差是正を検討する!
このような「地域によって結果に差がある」との声が大きくなり、厚生労働省でも問題視されるようになり調査に乗り出しました。
結果を受けて平成27年2月から、専門家による検討会を設け全国統一の「等級判定のガイドライン」を作成することとなりました。
検討会では障害福祉関係の各協会関係者らが集まり、専門的見地から意見を交換し、全国統一のガイドラインの作成に取り組んでいます。
この検討会は平成28年2月までに合計で8回開催され、等級判定のガイドラインの採用は平成28年の夏頃を予定しているようです。
検討会の内容は下記のリンクから議事録が確認でき、内容をチェックすることができますので興味のある方はご覧ください。
参考 精神・知的障害に係る障害年金の認定の地域差に関する専門家検討会
等級判定ガイドライン(案)の適用対象となる傷病
今回検討されているガイドラインは、特に基準が曖昧で地域差の是正が必要と思われる、精神・知的障害に係る障害年金の認定のガイドラインとなっています。
適用の対象となる主な傷病は以下の通りです。
精神障害
統合失調症、うつ病、双極性障害、脳動脈硬化症に伴う精神病、アルコール精神病
発達障害
アスペルガ―症候群、自閉症、、高機能自閉症、自閉症スペクトラム、PDD(広汎性発達障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)、多動性障害、LD(学習障害)
知的障害
知的障害
「全国統一のガイドライン」の採用によって何が変わるのか?
厚生労働省では、専門家の検討会をとおしてガイドライン(案)を作成し2015年にはパブリックコメントを応募し、現在最終調整を図っている段階です。
正式に決定されるのは2016年となりますがおおむねガイドライン(案)に沿った内容になることが予想されています。
この案は以下の3つのポイントから成り立っています。
- 診断書の記載内容から等級の目安を設定
- 上記の等級を目安とし、その他の要因から総合的に判断
- 医師に対する診断書の記載要領や本人や家族等が記載するアンケートなどの補足資料の充実
それでは、「全国統一のガイドライン(案)」の3つのポイントを判りやすくご説明したいと思います。
ポイント1~認定する等級の目安を設ける~
障害年金の申請には診断書が必ず必要になります。
診断書の記載項目にある日常生活能力の程度の結果と日常生活能力の判定の平均を出し、両者を以下のマトリックス表に照らし合わせて等級の目安を出します。
(例)日常生活能力の程度=(3) 日常生活能力の判定の平均=3.2の場合、等級の目安は2級
ポイント2~等級目安を考慮してその他の要点と総合的に判断~
上記ポイント1の方法でまず等級の目安を出しておきます。
その等級をふまえて、診断書のその他記載内容や他の資料を参考にして、総合的に判断します。
総合的に判断される材料としては今のところ下記とされています。
- 現在の病状又は病態像
- 療養状況(外来通院の状況・治療期間等)
- 生活環境(同居の有無・福祉サービス利用等)
- 就労状況(雇用形態・勤続年数等)
- その他(手帳の有無等)
なお、精神障害・知的障害・発達障害に共通して又は障害ごとに、一般的に考慮することが妥当と考えられる要素の例を以下の参考資料の通り発表されています。
参考 総合評価について(案) ※ 平成28年2月4日時点
参考資料の表に記載されている事項は例示であり、同じ内容が診断書等に記載されていないと等級に該当しないというわけではありませんので、あくまでも参考としてご覧ください。
ポイント3~等級判定に用いる補足資料の充実に向けた対策~
今回の等級判定ガイドラインでは、本人の『日常生活能力がどの程度あるのか』が重視されています。
そのため本人の日常生活状況について適切な情報を得て等級判定を行うことが課題となってきます。
そこで日常生活能力を把握するために、等級判定の全国統一ガイドラインとともに、日常生活能力を適切に把握するために2つの対策が検討されています。
①診断書の記載要領の作成
「日常生活能力の程度」「日常生活能力の判定」を評価する際の参考を示すとともに、その他の留意すべきポイントを列挙した記載要領を作成、診断書を作成する際に医師に配布することを予定しています。
記載要領の概要は以下のとおりです。
日常生活能力の程度 | 評価時の留意事項 5段階評価の考え方(精神障害・知的障害それぞれ) |
---|---|
日常生活能力の判定 | 評価時の留意事項 4段階評価の考え方(精神障害・知的障害それぞれ) |
その他 | 日常生活能力の程度の評価と日常生活能力の程度判定の評価には、整合的なものである必要があること |
参考:障害年金の診断書(精神の障害用)記載要領 ※ 平成28年2月4日時点
②日常生活状況についての追加資料の作成
以前より兵庫県では独自に日常生活の様子や就労状況に関するアンケートを行ってきました。
今まで全国的にこのような調査は行っていませんでしたが、今回専門家検討会により、すでに提出した診断書や病歴・就労状況申立書等では把握できない日常生活の様子や就労状況を、審査の担当者(認定医)が、必要に応じて本人や家族等に対しアンケートで照会し、その内容を踏まえて障害年金の審査をするというものです。
なお、このアンケートで記載を求められる内容は主に以下の3点が予定されています。
- 生活環境
- 日常生活における障害の影響や同居者等周囲の方からの援助
- 就労(作業)状況
参考:日常生活及び就労に関する状況について(照会) ※平成28年2月4日時点
これらの情報を本人や家族から得ることで、より詳しい日常生活能力の把握に努めることを目的としているとのことです。
等級判定ガイドライン案は問題はないのか?
ガイドライン案が適用されるとどのような影響があるのでしょうか?
等級判定の目安となるため、申請結果に大きく影響することは言うまでもありません。
それでは、これから障害年金を申請しようと考えている方や今まで受給してきた方に不利な影響はないのでしょうか?
実はこのガイドライン適用によって「受給率の低下」が心配されています。
受給率の低下とは
今までは都道府県ごとに各々の基準によって、支給・不支給を決定していましたが、等級判定ガイドライン案を適用することによって全国統一の基準によって判定されます。
これにより、地域差は是正されることになりますね。
しかし、統一の基準であるからには今まであった差をどこかの点で統一する必要が出てきます。
それが認定されやすい地域の基準で統一できれば良いのですが、現状のガイドライン案を見る限り厳しい判定基準になることが推測されます。
そうなると、今まで認定されやすかった地域も今後は認定されにくくなることが予想されます。
『精神・知的障害に係る障害年金の認定の地域差に関する専門家検討会』の最新情報
2015年10月15日に『精神・知的障害に係る障害年金の認定の地域差に関する専門家検討会』の第7回目が開催されました。
各専門家により等級判定のガイドラインの検討が行われていますが、
その中でも特に気になった議題がありましたのでご紹介させていただきたいと思います。
等級判定ガイドラインは適切に運用できるのか?~パブリックコメントからみる課題~
『等級判定ガイドライン(案)』に対して意見を求めるべく、パブリックコメント(広く公に意見を求める制度)が実施されていました。
今年度中の運用を目指し等級判定ガイドライン(案)が作成されつつありますが、疑問点として「ガイドラインは適切に運用されるのか?」というところがあります。
パブリックコメントで寄せられた意見でも同様の疑問点が挙げられていました。
寄せられた意見とともに専門家検討会で出されたガイドラインへの反映等の対応案を一部抜粋してご紹介します。
意見の概要
『認定医によって判定に差が出ることが無いよう、更には窓口機関の担当者によって受理するしないの差が生じないよう、認定医及び事務担当者に対する徹底した教育・指導啓蒙を望む。特に認定医に対する研修は義務化すべきである。』
⇒ 認定医及び障害年金に携わる機構職員に対し、研修等を通じて、周知徹底を図る。
具体的な対応について
目安を基に申請書類を受理する・しないという対応をすることがないよう、年金事務所への周知を徹底していく。
認定医及び事務担当者に対しても、ガイドライン実施に合わせて認定医会議や職員研修等を実施する予定であるが、ガイドラインの趣旨や適正な認定事務の徹底の継続を図っていくために、定期的な研修の実施等について、検討していくこととしている。
パブリックコメント結果とガイドラインへの反映案についてどのようにみるか?
パブリックコメントでは「ガイドライン案が適切に運用されるのか?」との意見が寄せられましたが、そもそも運用方法としては下記のように行うことが予定されています。
機構職員
診断書の「日常生活能力の判定」の平均値を算出し、目安となる等級を確認・認定医へ報告
認定医
確認された目安となる等級を参考としつつ、総合評価を行った上で最終的な等級判定を行う
ガイドライン案が適切に運用されるためには、作業・審査を行う側がきちんと内容を把握しているのが大前提となります。
知識や情報に偏りがあると、申請窓口や認定医ごとに申請結果に差が出てしまう事態になってしまいかねません。
地域格差が是正される一方で、新たな格差が生まれないように、等級ガイドラインの内容もさることながら運用も適切になされることが重要だと思います。
また2016年1月27日付の共同通信にて、日本年金機構は「障害年金センター」(仮称)を東京都内に設け、都道府県ごとに行っている審査を2017年4月から一元化する方針であると発表されました。
これにより、障害年金の審査が厚生年金と同様に一箇所に集約されることになります。
障害基礎年金の地域差の是正に向け、等級判定の公平性を確保するべく今春にも等級判定ガイドラインが導入される予定となっており、あわせて審査する機関も来年4月頃から一元化されることとなり、ますます地域格差是正に向けての動き出しています。
しかし、現在の内容では各方面から「全体的に判定が厳しくなるのではないか」との意見が出ているため、運用される前に更なる検討を重ねて欲しいと思います。
関連資料
精神・知的障害に係る障害年金の認定の地域差に関する専門家検討会(第7回)議事録
まとめ
いかがでしたでしょうか。「障害年金の受給認定に地域差なんてあるわけがない」と思われていた方も多かったのではないでしょうか。
全国統一のガイドラインが適用されることは、これから申請をお考えの方はもちろん、更新が迫っている方にとっても大きな問題となってきます。
受給停止や降級となると今後の生活にも大きく影響が出てくるため、心配から精神的に不安的になってしまう方もおられるかもしれません。
このように障害年金の申請には思いもよらないことが沢山ありますので、ご不安な方は一人悩まずにお気軽にお問い合わせください。
参考資料
・障害基礎年金の障害認定の地域差に関する調査概要(別添1)
・障害基礎年金の障害認定の地域差に関する調査結果(別添2)
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